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映像制作の仕事を始めるきっかけの話


世間より遅めのGWがあけてやっと今日から通常運転となりました。


今、地元企業様の動画制作のお仕事をしていて、もうすぐ撮影です。

その方のブログを拝見しているとお仕事のきっかけについて書かれていました。

お人柄が伝わりいいなぁと思い、ふと私も少し書いてみようと思います。



映像と共にあった家庭環境

私は1982年生まれ。

やっとVHSの民生ビデオカメラ(それでもテレビ局ばりのバッテリーなどかなり大がかりなものだったみたいです)が家庭にも少しずつ普及した時代です。

我が家も私が生まれてすぐの映像がカラーで残っていたりして映像との関わりはその頃から同世代より多かったかもしれません。

(ちなみに父方の祖父は戦後少ししてからの時代にスーパー8というフィルムカメラを持って家族旅行に出かけるようなハイカラな家庭で、皆写真のように静止している福岡市動物園のフィルムが残っています)


そして3人姉妹の我が家は、家族旅行は私がビデオカメラ担当。

小学生の頃からおままごとをビデオカメラで撮影する、今で言うYouTuberのようなことをする女の子でした。テレビ黄金期に早朝から晩までバラエティ番組をずっと見て育ったテレビっ子。

自営業の両親も忙しさのあまりあまり何も言わなかったのは救いです。



転機になった文化祭

そんな私が、仕事につながったのは高校生の頃。

ハンドボール部仲間の同級生に誘われて写真部の同級生と一緒に文化祭で映像作品を作ることになったのが運命の出会いとなりました。


今では絶対あかんのですが今では時効。

好きな少女漫画をモチーフに、友人カップルを自宅と高校で撮影。好きなアーティストの曲をBGMに、なかなか前衛的な作品を作りました。

一丁前にシナリオを作って、写真部のビデオカメラを借りて、premierの初期の初期バージョンで徹夜で編集して文字を入れて。(20年やってることは変わりません…汗)


完成して同じ文化祭で上映する仲間たちの初号試写。

すぐ私のところに駆けつけて「べっちゃん、めっちゃいいやん!」と褒めてくれました。

今思い返すと、友人たちもだいぶ前衛的な作品ばかりだったのでシンパシーがあったのか?

しかしその時の喜びは一生忘れません。


その体験が楽しくて動画制作の道を目指すことにしました。

(ちなみに当時一緒に映像を作った仲間の1人は東京の某大手代理店でCDをしています)



同じことを20年、今も続けてます

なんだかんだ子供の頃から美しいもの、面白いものを作って残すということを続けている人生だなぁと感じています。

早朝の撮影出発(2時とか4時出発が平気である仕事です)も徹夜の編集作業(2徹になると体がフワフワしてきます)も結構大丈夫なのは完成した映像の美しさや音のシンクロ、それを見た人の反応を見れるのが本当に好きで楽しい仕事だからだと思います。


純粋に誰かが映像で幸せを感じる瞬間に立ち会うのが、とても好きです。


友人の結婚式ビデオ、打合せも楽しいような番組づくり、撮影で新しい発見があったり。

制作する過程も幸せになる動画作りって良いもんですよ?


これからも仕事を通して誰かを幸せにしたり、新しい転機になったりする映像を作って行けたらいいなと思っています。

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